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日本唯一の経営者専門スーツ仕立て屋
メディア掲載
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ildenaro.it 掲載

2026年7月23日

彼が見つけたふさわしい言葉は、イタリア語だった。
日本語でも、英語でもない。イタリア語である。

1972年に奈良で生まれ、大阪で育ち、日本屈指の難関大学である早稲田大学を卒業した末廣徳司は、自らの会社を「ILSARTO」と名づけた。
冠詞と名詞を一続きにし、まるで一つの印章のように結び合わせた名前である。
その理由について、彼は自身のブログで驚くほど率直に説明している。


◆
「イタリアが好きだから。特に、ナポリが大好きだから」

しかし、これは単なる異国趣味ではない。
彼にとっては、「肩」の問題だった。
末廣は、なで肩で肩幅も狭い。
若い頃、彼はそれを深刻に悩んでいた。高校時代には、母親の服についていた肩パッドを学生服のジャケットに入れていたほどである。
肩幅が広くなければ、決して格好よくはなれない。

そう信じ込んでいた。

ところが、ある日、人生で初めてオーダースーツを仕立てた。
鏡の前に立った末廣は、そのとき初めて、自分自身が納得できる姿を目にした。
そのジャケットは、ナポリ仕立てだった。
自然な肩のライン。肩パッドを使わない構造。そして、身体を柔らかく包み込むような着心地。
それまで欠点だと思っていた肩が、むしろ彼の魅力へと変わっていた。

その一着を縫い上げた仕立て工房は、現在もイルサルトの服をつくり続けている。
しかし、そこへたどり着くまでに、末廣は長い道のりを歩んできた。
そして、その道は決して下り坂ばかりではなかった。

◆
祖父も父も、洋服を扱う商売をしていた。
祖父は紳士服を販売し、父は婦人服店を経営していた。
そんな家庭で育った末廣は、自分には生まれつき服を選ぶ才能があると信じていた。
男子校に通っていた高校時代、女子と出会う機会は指で数えられるほどしかなかった。
ようやく訪れた初めてのデートに、末廣は自分で選んだ一式を身に着けて現れた。
ところが、彼の姿を見た相手の女性はこう言った。

「よく、そんな格好でここまで来られたね」

そして、その場で振られてしまった。
彼を救ったのは、姉だった。
姉は服の組み合わせを考え、靴下の色まで細かく指定するようになった。
末廣自身には、自分が選んだ装いと姉が選んだ装いの違いが分からなかった。
しかし、周囲の人々には、その違いがはっきりと分かった。
褒められるようになった。
褒められることで、自信が生まれた。
自信がつくと、成績まで上がった。
そして最後には、同級生たちから「絶対に無理だ」と言われていた早稲田大学への入学を果たした。

◆
一着の服は、その人に対する世間の見方を変えることができる。
そして同時に、その人自身が抱く自己イメージさえも変えることができる。
この発見が、その後の末廣の人生すべてを動かす原動力となった。

◆
大学時代、末廣は創業初期のユナイテッドアローズに、倉庫担当のアルバイトとして入社した。
当時はまだ店舗数も少なく、日本のファッション界を代表する一流のプロフェッショナルたちが、若いスタッフに直接指導していた時代だった。
大学卒業後は、日本を代表する大手アパレル企業の一つであるワールドに入社した。
商品開発を担当し、一週間で5万点以上を販売する商品を生み出したほか、北京と上海で100店舗を超える出店にも携わった。

32歳のとき、末廣は家業に戻った。
大企業で学んだ経営手法を取り入れれば、3年間で売上を5倍にできる。
そう確信していた。
しかし、起きたことは正反対だった。
従業員は彼の話を聞かなくなり、売上は落ち込み、強いストレスによって仕事に行けなくなった。
そんな末廣に、別の道を示したのが、コンサルタントの藤村正宏だった。
小さな会社は、大企業の効率を追いかけることで成長するのではない。
自分たちにしかない独自性を磨き、一人ひとりの顧客と深い関係を築くことで成長するのだ。
藤村は、末廣にそう教えた。

◆
2009年、37歳になった末廣は、経営者のための出張仕立て屋としてイルサルトを創業した。
完全予約制で、一日に迎える顧客は最大3人まで。
メインサロンは、大阪・淀屋橋の船場ビルディングにある。
1925年に建てられ、国の登録有形文化財にも指定されている建物である。
4階まで吹き抜けになった中庭は、まるで別の時代から抜け出してきたかのような趣をたたえている。

もう一つのサロンは、東京・代官山に構えている。
創業から17年間で、末廣は2万人を超える企業経営者や役員の装いを手がけてきた。
著書『装いの影響力』は、書店に並ぶ前から増刷が決まり、中国語にも翻訳された。
トミー ヒルフィガーの商品開発にも携わった。
日本を代表する経済紙である日本経済新聞からは、経営者の装いをテーマにしたセミナーや連載を任された。

◆
現在、末廣は日本全国のロータリークラブやライオンズクラブで、ただ一つのテーマについて講演を続けている。

「経営理念を身に纏う」

イルサルトの考え方は、シンプルな原則から始まっている。
会社のイメージは、その会社を率いる経営者のイメージである。
だからこそ、経営者がどのような服を選ぶかは、紛れもなく企業のマーケティング活動の一つなのだ。
しかし、家業の事業承継に失敗した経験を包み隠さず語る末廣は、やがてこの考え方に、より個人的で深い意味を加えるようになった。
自分は家業を受け継ぐことができなかった。
だからこそ、ほかの経営者たちが、次の世代へと長く続いていく会社をつくる手助けをすることが、自分の使命なのだという。
「イルサルトが仕立てているのは、単なる一着の服ではありません。“あなた”というブランドです」

◆
イルサルトは毎月、『IP――人生の主役』という小冊子を発行している。
模範となる一人の経営者を選び、その仕事と人生の物語を紹介する冊子である。
これまで登場した主人公は、すべて日本人だった。
しかし今回、初めてイタリア人経営者が主人公に選ばれた。
ナポリの保険事業家であり、IGB Insurance Gold Brokersの創業者でもあるアンジェロ・コヴィエッロである。

日本語とイタリア語の二か国語で制作されたこの特別号は、コヴィエッロの仕事と人生の歩みを、日本の読者に伝えるためにつくられた。
末廣は冊子とともに、一着の浴衣をコヴィエッロへ贈った。
日本の伝統衣装である浴衣を、ナポリの生地で仕立てたものだ。
贈呈したその瞬間、末廣自身も同じ浴衣を身に纏っていた。
日本とナポリが、一つの縫い目の中で出会った一着だった。

イルサルトは今年、創業17周年を迎える。
そして3年後の20周年に向け、末廣はナポリで記念パーティーを開催する意向を表明している。
日本の経営者たちをナポリへ連れていき、彼らに、末廣自身の言葉でこう感じてもらうためだ。
「ナポリは、本当に素晴らしい街であること。そして、ナポリの人々は、本当に温かく、心から人を迎えてくれることを、心で感じてほしい」
イタリア語の名前を会社に掲げ、ヴェスヴィオ山の麓で縫われた、肩パッドのない柔らかなジャケットによって人生の転機を迎えた男にとって、ナポリは目的地ではない。

ナポリは、今も彼の人生を動かし続けている、すべての出発点なのである。